和訳するって本当に悪いこと?

今日の福島市は晴れ。中学2年で気象について学びますが、雲量が空の2割以上8割以下は

「晴れ」と判定できることを学びますから、勉強はテスト対策だけのものではありませんよね。

さっそく本題。「文法訳読式」という日本の伝統的英語教育は非難の業火に見舞われ続けていますが、

何事にもいい面と悪い面がありますから、すべてのもの事の評価はそう簡単に決められないと思います。以下、和訳の功罪のうち「功」について少しだけ書いてみます。

Unfortunatelyの意味は?と問われたら多くの高校生が反射的に「残念ながら」と答えるような気がします。あくまで印象です。先日大学受験を終え心機一転TOEICの勉強を始めた生徒が、「TOEICの英文読んでいて、訳見たんですね。そしたら、Unfortunatelyの部分が『あいにく』となってて感動しました。ずっと『残念ながら』と思ってたので」。それを聞いて、「ああ、この生徒は新しい世界に一歩踏み出したなあ」と嬉しく思いました。『英文読解講座』(高橋善昭)の演習1は"Unfortunately, the very vagueness of abstract words is one of the reasons for their popularity."で始まりまる文章ですが、訳は「遺憾ながら、抽象的言葉の意味があいまいであること自体が、そのような言葉が人気を博している理由のひとつなのである」となっています。

「残念ながら」と「あいにく」と「遺憾ながら」という日本語は、互換的に使えない違いがあると思いますが、ぜんぶunfortunatelyを文意に応じて訳し分けたもの。行方昭夫先生が「正確に訳せなければ読んでわかったことにはならない」旨仰ってますが、なるほどと思いました。日本語に訳せないと意味を諒解したことにならないということではなく、意味を本当に諒解していたら、相応の日本語訳が出てくるよね、ということかと思います。ただ、「読んでわかること」と「わかったことを訳として書き表せること」とは能力の引き出しが違うので、区別する必要はありますが、訳を見れば読み手の理解を試すことはできるのかなあと。父が時間をかけヴァイオリン一挺(丁)を造る姿を見ると、二つの言語間を丹念に往復して訳を創り上げていくという時間の(大袈裟ながら)尊さをちょっと感じます。いまどきは左から右へ目を走らせて立ち止まったら制限時間アウト!的なテストが優位ですし...。

そんなことを一寸思った3月10日でした。

明日は、東日本大震災発生から11年目を迎える日ですが、福島市の中学校では卒業式が行われます。

大震災、コロナ禍など未曽有の事態を人生の最初の15年間で経験した(経験してる)多感な若人

の門出がすばらしきものとなりますように祈念します。