SVを徹底する

以下駄文を書きますが、そこは読まなくとも最後の引用だけはぜひともお読みいただきたく存じます。


小学生、中学生、高校生、大学生、社会人とまんべんなく塾生が与えられていることに感謝です。

それによって見えてくることがあるからでもあります。その一つを多くのなかから削り出して敢えて一つに託して言えば、主語+動(SV)、これが分かっているか否か、それこそが英語ができるか否かを分かつ分水嶺なんだとはっきり見て取れるからです。

読む場合も構造が単純なうちはなんとなく諒解できますが、主述関係の間に様々な修飾語が挿入され主語に対する述部が離れた途端、SVを見失う生徒は多くいます。

英文を書く場合でも、何を主語に立てるか、そしてそれに対する動詞は何を選択するか。動詞は選択したら時制はどうするか?この思考回路を確立することが肝要です。

それができればどんどん書けます。書けるは話せるに変わります。

考える時間が長いか短いかの違いだけですから。

結局、SVを徹底できているかどうかという冒頭の結論に戻ることになります。

よく私はSVの発見はコロンブスによるアメリカ大陸の発見と同じくらい重大なことだと誇張します。(その歴史観はあくまで西洋からの視点ですが...)

とにかく、半年間はSV、SV、SVとそれだけに集中する価値はあります。

私たちは、よく、「まだ英語の勉強が不足しているから英語がしゃべれない」という。この見方の背後には、
「ある段階まで勉強をしたら、英語がしゃべれるようになる」という前提がある。この前提を受け入れると、その「段階」に到達するまではしゃべれない、ということになる。これではいつまでたっても話せるようにはならない。ここで発想の転換が必要になる。つまり、どの段階であれ、その時点で持っている英語力を最大限に活用してコミュニケーションを図る、という積極的な姿勢を持つことが大切になる。『発想の英文法』、田中茂範、p26、アルク、1993年、より一部抜粋