食育の大切さ

過日、福島市南矢野目にある支那そば二階堂さんにて食事しました。お店を出るとき「おいしかった」という言葉は使いたくない、という気持ちになりました。「おいしかった」という大味な表現を、あの繊細なスープに対して、麺に対して、心のこもった煮卵に対して、やさしさと温もりの湯気が立つ一杯に対して使いたくなかったのです。とってもやさしいお味で大変良き食事のひとときを堪能できたからです。

改めて工場で作られたものではなく、人が調理した食物を頂くことの意味を考えさせられました。それは体の感覚をデフォルトに戻すということだと思うのです。人工的な刺激に慣れっこになるに従い、体本来の精妙な感覚が鈍化してゆくのでしょう。手の込んだものでなくとも、自分の知っている誰か、或いは自分の調理した食べ物を咀嚼し、舌で細かな味の違いを感じ分け、ゆっくり胃に落としてやる。

英語にYou are what you eat.(あなたはあなたの食べるものによって構成されている)という慣用表現がありますが、まあ、何食べてるかでお里がしれますよ、ということでしょうか、それくらい口にするものが大事という戒めかもしれません。

私は独身で子どももおりませんから、食育を家庭で実践することはできませんが、自分を育て直すという意味で自分を食育したいと思った次第です。

支那そば二階堂さん、大変美味しゅうございました。